【前田耕作先生のご逝去に寄せて】
前田先生のご逝去を悼み、ここにメッセージを掲載させていただきます。
先ずは前田耕作先生のご逝去に対し、ご遺族の皆さまには衷心よりお悔やみ申し上げます。思えば前田先生との最初の出会いは、家内を通じてですが、かれこれ20年くらい前に遡るでしょうか。その折、鮮明に覚えていることがあります。「学問とは、これはどの分野にも言えることですが、色々な事項を丁寧に調べ上げ、その積み重ねが一つの集大成となり、そして初めてその分野を論ずることが出来る立場になる」ということを先生が仰られていたことです。また前田先生は、バーミヤン遺跡研究の第一人者でありましたが、東西地域を、時代を、縦横無尽に駆け巡る歴史学者として、太素塚にある新渡戸記念館の果たす役割が極めて大きいことを常に仰っておられました。記念館が「廃館」とされて以降も先生のご助言のもとに何とか続けられていると思っております。
前田先生のご紹介により、取り組みはじめた「稲生川開削と三本木原開拓の志を活かし、共創郷土の伝統を未来に」(太素の水プロジェクト)の活動が、公益財団法人日本ユネスコ協会連盟の「未来遺産」に登録されましたのは2011年のことでした。これが、この地域の根幹を創るために、稲生川が育んできた自然、歴史、文化の保全と活用が重要であると、十和田市民が再認識する大きな契機となりました。おかげで2015年に新渡戸記念館の廃館取り壊し問題が発生した時にも、未来遺産を担う責任を自覚するメンバーたちと、志に目覚めた新たな仲間によって、記念館に受け継がれた有形無形の文化遺産を守り、プロジェクトを継続することができました。
更に、2016年には前田先生に「地域博物館シンポジウム・新渡戸稲造の精神をどう活かすか~新渡戸記念館の現状と未来への挑戦~」の実行委員会共同代表となっていただき、東京文化財研究所を会場に盛大に開催することができました。当日は多くの方々と十和田の地域博物館である新渡戸記念館が持つ、世界とつながることのできる有形無形の価値を共有し、建物と資料の保存活用の重要性を確認することができました。
私たちのこの小さな博物館を、前田先生は幾度となく力強く、愛情溢れる言葉で激励くださいました。先生の言葉は、時を経てなお重みを持つかけがえのない文化遺産を、栄枯盛衰、どの様な変化が訪れようと守り活かし、次の世紀に引き継ぐという私たちの意志の下、長く苦しい闘いが続く道程で、いつも大きな励ましとなり、私たちの歩みを今も支えてくれています。
・・・戦後 70 周年を迎える被爆の広島は、跡形もなく被爆の傷は消え去っても、あの小さな朽ちたドームの廃墟によって世界の広島であり続けているのです。太素の杜にたたずむ新渡戸記念館は、どんなに小さくても、その知的光源の鮮烈において国内はもとより、世界にも匹敵するものはありません。アンネ・フランクの小さな狭い屋根裏部屋を誇りをもって 保存し、その精神の遺産を受け継いで、世界の人びとの尊敬を集めているところがあることはご存知の通りです。十和田の大いなる自然は、新渡戸記念館という知性と世界的精神を象徴する存在があって、本当に人びとが心惹かれ、繰り返し訪れるに価する文化の景観となるのだと思います。・・・
―2015年4月 新渡戸記念館の休館報道に対する前田先生メッセージ
「十和田は世界の輝きを曇らせてはならない!」より抜粋
最後になりますが、昨年ズームにて先生にご挨拶させていただきましたが、あのときの元気なご様子、そして、いつもリュックサックを背負って、とても80歳を超えているとは思えない足取りで颯爽と歩く前田耕作先生の姿が今なお脳裏から離れることはありません。先生の教えと共に新渡戸記念館を、世界に通ずる地域の博物館を、しっかりと今後も守ってゆくことをお約束いたします。先生におかれましては、どうかゆっくりとおやすみください。
新渡戸記念館
館長 新渡戸常憲
〇在りし日の前田耕作先生
2009年7月23~25日アフガニスタン文化研究所(ISCA)十和田研修ツアーにて新渡戸記念館(企画展『アフガニスタン刺繍展』開催中)をご見学される前田先生ならびにご一行のみなさまと
2011年12月「稲生川開削と三本木原開拓の志を活かし、人と自然が共に創る郷土の伝統を未来へ」(太素の水プロジェクト)が未来遺産に登録されたことと、新渡戸稲造生誕150年を記念し、翌年3月11日から一か月羽田空港第一旅客ターミナルビルで開催された『世界への架け橋&未来への架け橋』展を見学される前田先生ご夫妻と。
2012年3月18日未来遺産登録証授与式&第3回稲生川市民フォーラムにて、登録証プレゼンターとなられ、フォーラムで『稲生川をめぐる住民活動の未来遺産としての評価』と題した基調講演をなさいました。
2016年9月4日東京文化財研究所において開催された「地域博物館シンポジウム・新渡戸稲造の精神をどう活かすか~新渡戸記念館の現状と未来への挑戦~」の実行委員共同代表としてご参画され、文化財専門家のお立場から「世界の中の新渡戸記念館」と題してご講演下さいました。
〇故 前田耕作先生プロフィール
(アフガニスタン文化研究所様ホームページより一部抜粋してご紹介します)
アフガニスタン文化研究所 所長
東京藝術大学客員教授
帝京大学客員教授
和光大学名誉教授
文化遺産国際協力コンソーシアム顧問
ユネスコ・アフガニスタン文化遺産保護国際調整委員
日本イコモス顧問
平山郁夫シルクロード美術館評議員
日中文化交流協会理事
1933年生まれ、1957年名古屋大学文学部卒、1975年より和光大学教授(アジア文化史・思想史)2003年3月
和光大学退職。
1964年名古屋大学アフガニスタン学術調査団一員として初めてバーミヤンを訪れ、以来アフガニスタンほか、西アジア、中央アジア、南アジアの古代遺跡の実地調査を行う。現在は主にアフガニスタンに関する文化研究を進めると共に、2003年7月から開始されたユネスコ日本信託基金に基づくバーミヤン遺跡の保存・修復の事業に参加している。
〇前田耕作先生の訃報を伝える記事
前田耕作さん死去 バーミヤンの仏教遺跡調査や保護に携わる | NHK | 訃報
アジア文化史の前田耕作さん死去 バーミヤン仏教遺跡保護に尽力 | 共同通信 (nordot.app)